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2017年2月10日 (金)

もぐらくんの自然のこと(東京湾)

東京湾の昨日と今日

 荒川と多摩川
江戸と関東平野を見るため、川を見ていきます
Dscn5659
ラフな図ですが。。。これは東京都と関東平野を書きました
  ここで単純化して川は荒川と多摩川を見てもらいます
 さて、荒川は全長、173kmですが
 奥秩父の甲武信岳を源にして、まず秩父盆地を東に流れます
 秩父盆地は埼玉県の西部の大きな盆地で、川は山間を
  大きく削り、盆地の東端で写真の長瀞になります
  ここは観光地で「瀞」となってます
   夏はラフチングや船遊びで多くの人がやってきます
Photo
 
 また長く続く岩畳は壮大であり、美しい景観でもあります
  ここは地質や岩石の研究の地でもあって、
   かつて宮沢賢治も訪れ、研究をしていたようです
 
 荒川は秩父盆地を出て、まだ東へ進みます
 現在の熊谷あたりで南にカーブし、関東平野の中央部
  を南下します
 関東平野の昔は海でしたので、いわば海の低いところを
  進みます
   かつては利根川もこのあたりで、荒川と共に
   江戸から東京湾へ行ったわけです
  (利根川は江戸幕府により、洪水対策のため、銚子へ
       進路を変えられました)
 
 Photo_2
 ずーっと南下した荒川は、現在の朝霞で東京の水がめとして
  朝霞浄水場へ取水されます
  これはその取水堰です。
  荒川は名前のごとく、荒れた川の意味ですが
  次回は利根川の付け替えも含め、治水面の荒川を見ていきます

2017年1月27日 (金)

もぐらくんの自然のこと(東京湾)

 
東京湾の昨日と今日(5)
   武蔵野台地  
 大森貝塚を見てきて、東京の周囲は海。。。で
   あったことがわかります
  今、関東平野は日本最大の平野で
   巨大な都市化と人口増加が進み、
    昔の面影はまったくわかりません
 しかし、江戸時代の関東平野は、海こそ引いてますが、
 ヨシ原の広大ないわゆる大湿地になっています
 さて、この大湿地帯の江戸幕府による土地改良
  の話の前に、江戸幕府そして江戸城は
   どのような、立地にあったのでしょうか。。。。
Photo
 多くの戦国の城は、各地の台地に築城されました
  もちろん江戸城も同様です
   大地の名は武蔵野台地で、上の図の東端に
   築かれました
     (東京は東から西へのびる県です)
   最初の築城は太田道灌と言われますが。。。 
太田道灌がどのような城を築いたか、詳細は残って
  いません
  が、徳川家康の江戸城と場所は同一です
  武蔵野台地は、たいへん大きな台地で
    多摩川の上流の青梅から。。。
   台地の端の千代田区まで60km近くの
         距離を持つ台地です
   標高24mくらいの日本水準原点(国会議事堂前)
 から青梅駅標高の200mまで、なだらかな傾斜を持つ
    大きな台地です
 さて、台地の様子は、京浜東北線の沿線の崖の
   各所に見て取れます
Photo_2
  西郷さんの銅像の立つ下の、上野駅です
   アメ横方面から上野の森を眺めた崖です
  上野の森には、数々の美術館・博物館があり
   動物園も、この中です

  線路から少し離れますが
Photo_3
 
ここは、神田明神の男坂です
  かなりの急坂です
  (銭形平次はこのあたりー明神下ーで活躍して
  たそうで、相棒のガラッパチもいました)
  江戸時代、急な坂路に苦労したものと同情します
 さて、京浜東北線をもう少し北にきますと。。。。
  王子の山・飛鳥山があります
   ここは、江戸時代から庶民のサクラの名所です
  (上野の森は幕府のおひざ元で、羽目をはずして
   の花見は難しかったようです)
  その点、王子は庶民的でした
 Photo_4
  今は、無料のモノレールが王子駅から。。。
  王子の山まで、皆さまを運んでくれます
   それほど!きつい坂です

2017年1月13日 (金)

もぐらくんの自然のこと(東京湾)

  東京湾の昨日と今日(4)
前回、大森貝塚の碑を紹介しました
 続きで発見者のモース像をまず見てください
この像は大森駅から品川に向かい徒歩5分
 くらいの大森貝塚公園に座っています
Photo
 モースのあと、旧東京湾の周辺各地で貝塚が。。。
  続々と発見・発掘されています(12/31写真)
 さて、それからは海が後退していき、今から千年前
  くらいには関東平野が少しづつ姿を見せてきます
 関東平野の全体的は、それこそ低地の
   湿地帯の状態でした
 また時代は不詳ですが、神社には鯨の絵が
  残されています(品川歴史博物館)
Photo_2
その時代の おおよその
    河川の状態を見てください
  東京湾には、関東平野の半分の地域の水が
  注がれていることがわかります
 多くの河川名と河川は、今と異なる状態ですが。。。
  最大の違いは利根川です。。。。、
  今は千葉の銚子から太平洋に注がれてますが
  この時代は、東京湾に流れてます
Img_20151116_0001
  江戸時代に入り、それまでの関東は
  自然のまま。。。でしたが、
   徐々に人間の手が 加わり、
    河川の付け替え(流路変更)や東京湾の
   埋め立てがされていきます
   (これらは次号で)
 
 
 
 

2016年12月31日 (土)

もぐらくんの自然のこと(東京湾)

   

東京湾の昨日と今日(3)


 もう今年の最後の日になってしまいました
   明日からは2017年です
   驚きます!!!

 さて、佃島の今日は、林立するマンションビル群でした
 でも、住吉神社の周辺には写真のようなレトロな家
       もたくさんあります
 それに佃島の向こうは、「月島」で「もんじゃ」の街
   なので、訪れた方は多いと思います
  Photo
 これは佃煮やさんです
  他にも店がありますが、皆おいしいです
 さて、江戸の時間をもっと。。。もっと戻ると
  縄文時代です
 1万年前に氷河期が終わり、多くの水が溶けだし 溶け出して
  海進というそうですが、
        関東の多くの所は海となりました
   現在の埼玉県の多くは海で「奥東京湾」とのことです
  海があった証拠は。。。
        関東平野の周辺の台地には
      多くの貝塚と縄文土器が見つかることです
     ( ・ の場所です)
 Photo_2
  現、霞が浦もその面積は、今よりはるかに大きいですね

   ところでこの中で、早く発見された貝塚は大森貝塚
   ですが後に東大教授となったモースが、
      開通間もない 横浜ー新橋の車窓から
      大森の崖を見たところ、他の地層との違いを感じました
    その後、当時の政府の許可を得て発掘を行い
    大規模な貝塚と縄文群落を発見につながったのです
  (現在は大森駅を出てすぐ、京浜東北線大宮方面の
    左側車窓から 「大森貝塚」の碑が、一瞬ですが見て取れます)
   2
   また、大森駅周辺には、貝塚に関し碑や
         品川区立歴史博物館が
           あって、昔の勉強ができます
    (では、2017年にまたお会いしましょう)
 
 

2016年12月17日 (土)

もぐらくんの自然のこと(東京湾)

 

東京湾の昨日と今日(2)


 江戸時代の東京湾に目を向けてみました
  今回その続きを見ます
  Photo_2
    これは佃島の住吉神社のすぐ横の「立て札」ですが
   入り江には江戸時代の「柱」が埋もれている
        とのことです
  佃島には大阪より、それまで「漁」を行う漁師が
   不在だったので、集団で江戸に移り住みました
    この時の、漁の安全を祈願して住吉神社
     も移されたものと思います
  さて、現在の佃島はどうなっているのでしょうか
   このあたりの海の埋め立てが進み
    さらに、隅田川下流に向け、埋め立てが
     続けられて。。。
 
    今では。。。。。。。。。。
       建築技術が駆使され
     高級なタワーマンションが林立しています
  Photo_3
  永代橋から隅田川の下流を見た佃島の風景ですが
   なんとも表現できないくらいの、マンションビル群です
   通称「リバーサイド」とされています

    右端の△は佃島をつなぐ中央大橋です
    この隅田川の右側は、勝鬨橋方向になります
    左側は晴海運河となり、晴海ふ頭へとつながります
     ここは隅田川の最下流部で、東京湾の
       最奥部という ことです

    さて、これらの川底にはクルマエビが。。。とかってに
         想像しますが????
Photo_4

2016年12月 2日 (金)

もぐらくんの自然のこと(東京湾)

 

東京湾の昨日!と今日!

  「香辛料」から、がらりと変わった話題です
 
東京湾の昨日ですが、江戸時代のことからです。。。
 残念ながら写真はないので、お話から
         進めます
 香辛料とのつながりで、食べ物からです
 さて、徳川家康は江戸を、豊かな街にするにはと。。
  必死に考えた課題は食べ物です!!!
  武蔵jの国、関東平野は、そのころ、広大な
   湿地でした、見渡すかぎりの葦原です
   でも、荒地ではないので、耕していくことで、
    米や野菜は、何とかなりそうです
 さて、魚ですが東京湾は「しらうお」が捕れる、
   実に きれいな 海でした
Tokyobay_landsat
 現在の航空写真ですが、東京湾です
   きれいで豊かな海です
  でも、大阪のように、市場で魚が取引できる
  ほどの漁獲量はなかったようです
   それで家康は、大阪住吉から漁師を呼び寄せ
    佃島に住まわせて、漁を進めました
   (佃島の住吉神社は当時を想像できます)
 さて、どのような魚が、捕れて食卓に上ったのでしょう
 Photo
 これは現在の江戸前寿司ですが。。。
   (NHKダーウインから拝借してますー独楽寿司)
  現在の東京湾でも、こんな素晴らしい
       魚がとれます
   アナゴ・タコ・マゴチ・クルマエビ・コハダ・キスなど
    ですが、江戸時代はまさしく豊饒な海だったでしょう
  おいしい江戸前の「にぎり」はどのように発展したのでしょうか
    おいしい魚と江戸っ子の気風がマッチして
     発達してきたと思えます
   もちろん、「のり」も重要なすしの材料で。。。
    名前が残る「浅草のり」です   
    養殖は大森の海で盛んでした
   それで、現在でも、大森はノリ問屋の中心地です
   ノリ養殖は、船橋沖や木更津沖で盛んです
    東京湾の昨日ー今日として初めて見ましたので
    今後、東京湾の他の場所を順次見ていきます

2016年11月18日 (金)

もぐらくんの自然のこと(香辛料)

 

 七味唐辛子の香辛料

 ケシ(ケシの実)
   七味唐辛子にけしつぶ(ケシの実)が入ってますが
   香辛料の話からやや外れますが、
    麻薬としてのケシを解説します
 さて、ケシにはアサ(大麻)よりもはるかに厳格な
   麻薬の管理がされています
 でも、良くケシを見かけると反論が出そうですね
  麻薬のケシと非麻薬のケシの違いを見ていきます。
   園芸や路傍でよく見るケシはヒナゲシの仲間です
  麻薬のケシは、その違いが分かりやすいと思います
  ・葉に柄がない
  ・葉は茎を抱く
  ・葉は切れ込みが浅く、縁が波打つ
  ・葉の色は緑白色
  ・葉、茎に毛がない
   写真を参照ください
  非麻薬のヒナゲシは上の特徴の反対になります
Photo
  さて、麻薬ですが
  花のあとで、にぎりこぶし大の種子であるケシ坊主
       が見られます
  ここにナイフで傷をつけると、乳液が出てきます
  つぎに黒化し、削り取ると麻薬モルヒネが採取できます
 
  また、ケシ坊主の頂点から小粒の種が出てきますが、
  麻薬性は無く、食品として利用されます
 (種子の発芽防止されている)
 種子は煎ると香ばしく、七味やあんぱんに振りかけます
 植物と食品の関連を見てきました
   一部、薬品とも利用されたものがありました
  次回は、がらりと話題を転じ、東京湾の自然について
   見ていきたく思っています

2016年11月 4日 (金)

もぐらくんの自然のこと(香辛料)

   七味唐辛子の香辛料

 ですが、ちょっと異色かなと思われるアサ(麻)に触れます
 今、話題になっている。。。話題になってしまったアサ
   つまり、「大麻」です
  アサはアサ科の草本ですが、成長が速く
   1年で2.5mくらいの巨きなものになります
   写真は東京都薬用植物園の模型ですが
    麻薬との接点を書きますと「大麻取締法」によって
     すなわち麻薬の扱いです
   話題となっていますが、マリファナやハッシシの
   成分の少ない種も確かにあり、
     国により規制が
     異なるのも事実です
 しかし、日本では栽培時毒性の多少を外形から
     判断は困難です
     このため、疑わしい植物として規制対象です
    (実際に隠れて栽培する人もありました)
 Photo
   葉はこのように縁がギザギザです
   また、茎はまっすぐ伸び、強く長い繊維です
   この繊維を布として昔より利用しました
    涼しい着物が作れます
     それから、七味に戻りますが
     カリッとした実が、七味にブレンドされてます
   実は栄養分豊富で、油も取れます
    毒性はありませんが「麻子仁」という名で
    薬用では便秘薬です
   それから、マリファナやハッシシは葉や花から採ります
  追記>アサは成長が速く、良い繊維が採れるので
     世界的にエコな植物として見直されてきてます
    資料:東京都薬用植物園

2016年10月28日 (金)

もぐらくんの自然のこと(香辛料)

 

七味唐辛子 山椒

 七味でのトウガラシにつぐものは
   やはり山椒ですね
     辛さと奥深い香りの風味ですね

  Photo
 
   さて、山椒はミカン科の木で、雌雄異株です
      実は雌だけで、雄は花山椒と言われます
     七味でのミカン科はミカン、ユズ そしてこの山椒です
        この写真の実は赤いですが
     実は緑ー赤ー黒へと変化していきます
       それから、若芽は 料理に欠かせない香付けです
       おいしい実の佃煮も外せないし、
         ウナギには山椒の粉ですねえ
      薬用では実の皮(果皮)は健胃剤に使用されます

      さて、山椒と胡椒ですが、中国の流れですが 
      「椒」は辛いもので、山の椒で山椒
    また胡椒は胡の「椒」-つまりに西方の「椒」でシルクロード
       ではるかな西方のものの意味です
     (両者、植物の科は異なりますが)
               ともに世界的香辛料です
  Photo_2
   次はミカンですが、皮を乾燥し砕いたものを使います
    ユズも同様の使い方ですが、より香りが強い
     七味から外せない成分です
   薬用では陳皮と言い、広い薬効を持ちますが
    消炎作用等があります
    少し、薬との関係を多く書いたように思いますが
     カレーも七味も 「医食同源」の大きな要素
    であって、どちらも混合の香辛料ですが
    長い年月、料理の向上と食品の保存性とそして
      健康のための総合性が改良を重ねて
        現在にあると言えます
 

2016年10月21日 (金)

もぐらくんの自然のこと(香辛料)

 

今日は、日本の代表選手

    「七味唐辛子」についてです
カレーはと話が飛びますが、洋の東西で、日本の
 香辛料に触れないと片手落ちです。
 (スパイスと言われると抵抗ありますが。。。)
 七味はカレーのように混合香辛料の範疇であります。Photo
 
 さて、人によっては、マイートウガラシを持って歩く人もいます。
   蕎麦屋ならマイートウガラシとして、レストランでも
    一振りしないと、気が済まない人もいます。
  「七味」で通しますが、この風味も奥が深いようです。
    辛味だけでなく、風味やいわゆる味は
     マイ―七味を持つ意図を認めます。
      さて七味成分ですが
  標準的には順不同ですが
  トウガラシ ナス科
  ミカン(温州ミカン)あるいはユズ(柚子) ミカン科
  ショウガ ショウガ科
  ゴマ ゴマ科
  アオサ アオサ科
  サンショウ ミカン科
  ケシ(の実) ケシ科
  アサ(の実) クワ科
   良く、お寺や観光地で売ってますね
   それもバラでガラス箱に入れ、マイー七味に
     好きな成分で作ってもらったり、付け加えます
  七味の代表はトウガラシなのかもしれませんが
Photo_2
  これは、観賞用のトウガラシですが
  とにかくトウガラシに属するものは種類が多い
   辛いもの、辛くないもの、それぞれ名前が違うもの
  栽培の土地が限られてもいます。
  野菜全体に言えることでしょうが、地域ー地域で
   特色を持って、長い年月で交配を重ね
     特色ある食品としてきたように思えます
   もちろんイネや麦もそうですが、自然と人間との
    絶え間ざる葛藤の結果に見えます
 

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